

☆日本が進むべき将来の明確なビジョンを掲げ、歴史を変えていった薩摩の英雄たち
☆何故薩摩から英雄達が育ったのか?(薩摩藩主の先を見る力量によるところ大)

☆閉鎖的であった藩政を改革し、藩校造士館、医学院や明時館と次々に学校を設立
☆『成形図説・百巻』(農業書)など各種図書の編纂事業も行った
☆江戸幕府との結びつきを強めるため、三女の茂姫を第11代将軍・徳川家斉に嫁がせた
☆財政強化策として、藩債整理、砂糖専売制の強化、琉球貿易の拡大などを打ち出してた
☆砂糖専売制では、大島・喜界島・徳之島の三島砂糖総買入れ制度を実施して莫大な利益を得た

☆洋式軍備や藩営工場の設立を推進し(集成館事業)
☆養女の篤姫を第13代将軍・徳川家定の正継室にするなど、幕末の雄として台頭した

☆公武合体派として雄藩連合構想の実現に向かって活動する

☆幕末には公武合体論や尊王攘夷を主張、
☆長州藩と薩長同盟を結んで明治維新の原動力となり、日本政治を支配する薩摩閥を形成する

☆若衆組のトップである若衆頭は、村落内で大きな発言力を有し、年寄りや村落の首長も遠慮した
☆中国・朝鮮の厳格な儒教文化圏ではありえないことだった
☆この郷中の性格は、後の私学校に引き継がれた
☆西郷隆盛が反対しつつも、不本意ながら反乱を率いたのも、郷中制度が遠因です
☆郷中制度を中心に男色が盛んに称揚され、女との交際や関係は、嫌悪ないし忌避された


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英雄が薩摩藩から登場(『英雄たちの選択』テレビ画面より画像引用)