

☆国父島津久光の意向も受け止め、西郷隆盛や大久保利通をリードした要の地位でした
☆小松は、長州や薩摩が主軸となった雄藩連合が必要だと考えていた
☆薩長同盟では、坂本龍馬が活躍したといわれるが、それを支援したのは小松でした

☆長崎では、オランダ軍艦に乗船して軍艦操作、破裂弾・水雷砲術学などを修学
☆小松は、島津久光の側役に抜擢され、御改革御内用掛に任命され、藩政改革に取り組んだ
☆第一次長州征討では、長州藩の謝罪降伏に尽力した

☆在京中に土佐藩脱藩浪士の坂本龍馬と昵懇となった(龍馬の妻・お龍の世話をした)
☆小松は、第二次長州征討には反対した
(討幕の密勅に、西郷隆盛・大久保利通とともに署名している)
☆徳川慶喜に将軍辞職を献策し、摂政に大政奉還の上奏を受理するよう迫った
☆薩摩に戻って藩主・島津忠義に”率兵上洛”を迫った
☆36歳で大阪にて病死

☆英国人外交官の目から見ると、日本人の中で最も魅力的な人物でした
☆家老の家柄だが、そういう階級の人間と異なった
(政治的才能があり、人々に対する態度・対応が卓越していた)


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小松帯刀(薩長同盟の立役者)(NHK番組(英雄たちの選択)テレビ画面より画像引用)