

☆戦国大名は、各地で起こる一向一揆を見て領地内の一向宗を弾圧
☆天下統一をめざした織田信長も一向門徒の頑強な抵抗にあう
☆信長の急成長に脅威を感じた諸大名
(室町幕府最後の将軍・足利義昭の暗躍に乗り包囲網を形成)
☆憎兵を抱える比叡山延暦寺他も包囲網の一群
(長島本願寺(伊勢)、石山本願寺(大阪)の一向宗勢力)
☆比叡山は仏教の聖地であることを隠れ蓑に、兵力を蓄え、女子を囲うなど堕落してた

☆仏教の日本の聖域比叡山を焼き討ちにした
(信長にとり、仏教アカデミー比叡山も一向宗も単なる抵抗勢力)
☆信長は仏教勢力と戦うが、イエズス会には布教を許す
☆鉄砲・造船等の西洋文明をもたらすイエズス会を厚遇した
☆信長は、終生特定の宗教には帰依していません

☆秀吉は、信長の方針を継ぎ、キリスト教の布教を許していた
☆秀吉は、政権の維持を考え伴天連追放令をだし、宣教師の国外追放を命じた
☆スペィン・ポルトガルとの貿易はむしろ積極的に行う(禁教は徹底していない)
☆キリスト教国からの侵略はフイリピン・台湾のラインで止まる
☆日本がカトリツク国の征服を受けることはありませんでした
☆関白太閤となつた秀吉は死後、豊国神社の祭神となる
(貧しい農民から神にまで登り詰めた秀吉)

☆スペイン・ポルトガルはアメリカ大陸を征服しフイリピンにまで到達
☆日本の種子島に漂着したポルトガル人により伝来した鉄砲
☆日本は、短期間に国産化、量産化を達成
(鉄砲伝来から30年後の長篠の戦で織田信長は、数千丁の火縄銃を運用した)
☆豊臣秀吉に時代、日本は世界有数の火砲保持国となっていた


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自らを世俗権力化した戦国末期の仏門たち
(『手にとるように宗教がわかる本』記事より画像引用)