

☆明治新政府には、吉田松陰、木戸孝允、伊藤博文、井上馨などの人材を輩出した
☆藩は財政難で滅亡の危機になったが、牡蠣などを専売し財政を立て直した
☆アメリカなどの四国連合艦隊に砲撃を受け藩、またも危機的状態
☆高杉晋作が、四国連合との敗戦処理交渉で藩の窮地を救った
☆高杉晋作は、奇兵隊を組織し、少ないメンバーで倒幕に成功した

☆長州藩では、尊王攘夷派が台頭し、晋作も木戸孝允や久坂玄瑞らと共に尊攘運動に加わる
☆江戸・京都において勤皇・破約攘夷の宣伝活動、各藩の志士たちと交流した
☆幕府の異勅に抗議するために建設中の英国公使館焼き討ちを行う

☆長州藩は関門海峡において外国船砲撃を行うが、逆に米仏の報復に逢い惨敗する(下関戦争)
☆晋作は下関の防衛を任せられ、志願兵による奇兵隊を結成する
☆京都では、薩摩藩と会津藩が結託したクーデターの政変で長州藩が追放される
☆長州藩は禁門の変で敗北して朝敵となり、来島又兵衛は戦死、久坂玄瑞は自害した

☆幕府による第一次長州征伐が迫る中、長州藩では幕府への恭順止むなしとする保守派が台頭
☆高杉晋作は、伊藤博文率いる力士隊、石川小五郎率いる遊撃隊ら長州藩諸隊を率いて功山寺で挙兵
(奇兵隊ら諸隊も加わり、俗論派らを排斥して藩の実権を握る)
☆高杉晋作は、肺結核で死去(満27歳没)


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崖っぷち長州藩 討幕の謎 (『尾上松也の謎解き歴史ミステリー』テレビ画面より画像引用)









