
☆最後の最後まで「戦国の武士」だった水野勝成
(87歳で、約36m離れた的を鉄砲で撃ち抜いた)
(「鬼」と称された勝成の強さ、存在感は別格)
☆15年間も全国を放浪し、さまざまな大名のもとを渡り歩いた人物
☆天下太平の時代には、10万石の大名として領内の治政に力を発揮した
☆福山藩(広島県福山市)の初代藩主として歴史に名を残す

☆織田信長にも認められたほどの強者の武将
☆気性が激しく、荒くれ者たちが多かった戦国時代のなかでも異彩を放つ

☆16歳のとき、高天神城攻めで15の首級をあげた
(主君だった信長から戦巧者として永楽銭の旗印をもらう)
☆19歳のとき、甲州黒駒合戦で北条軍の首級300をあげる
☆21歳のとき、父親の家来を殺し勘当される
☆偽名を使って、名だたる武将へ仕官し大活躍する
(佐々成政、黒田長政、小西行長、加藤清正等)
☆36歳で父親が暗殺され実家に帰って家督を継ぐ
☆関ヶ原の戦いで徳川家康に呼ばれて参戦
(大坂の陣では軍監(軍の最高責任者)に任命される)
☆大坂夏の陣では、軍の責任者なのに先陣に立って戦う
(大坂城に一番乗り)

☆一国一城の主となる
☆猛将として最前線で戦うような勝成の治世、最後は名君として領民から愛される
(庶民から「名君」と慕われた)
☆島原の乱では、幕府からの要請で最高責任者として活躍する


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武将水野勝成は徳川家康のいとこ(歴史秘話ヒストリアより画像引用)