

☆将軍の信用を得、大奥と協力し、利権の取り持ちで足場を固めた
☆「田沼時代」と呼ばれるほどやり手で、田沼が実権を握る

☆田沼は悪化し続ける幕府の財政赤字を解消した
☆新貨の鋳造、貨幣の流通により通貨制度の安定を図る
☆商人に専売制を与え運上金、冥加金を税として徴収
☆町人資本による印藩沼の干拓、ロシア貿易と蝦夷地の開拓
☆蘭学を推奨し、平賀源内との交流もあった
☆経済の発展をもたらし幕府の財政は回復し、景気は良くなった

☆賄賂政治を助長し、田沼政権への嫉妬もあり、批判を招く
☆都市部では、文化が発展するが、農民が都市部に流れ、農村が荒廃する
☆浅間山の大噴火や天明の大飢饉等発生(諸藩の財政は厳しくなる)
☆実施した米価の値上げや、厳しい年貢の取り立てなどが民衆の不満を招く

☆田沼は”賄賂政治家”と囁かれるようになる
☆田沼イコール賄賂政治家というイメージになる


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田村意次(悪政者)(『日本史”悪役”100人』記事より画像引用)