

☆法成寺復興事業での造仏活動により法橋に叙された
☆広隆寺の日光・月光菩薩を彫った
☆定朝没後の造像界において中心的な人物

☆京都を中心に活躍し、造仏に加えて絵画にも長けていた
☆円勢以降「円」の字がつく仏師が多い

☆主に皇族や公家の発願による造像を行った
☆僧界にも介入し、政治力により円派を全盛に導いた。

☆修行で諸国を行脚し、五百羅漢像の制作を志す
☆5代将軍綱古の母・桂昌の寄進も受け、没するまでに約600体の仏像を作った


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日本の仏師の系譜(円派)他(『「技」の巨匠100人』記事より画像引用)