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四国八十八箇所
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四国にある弘法大師ゆかりの88か所の寺院の総称です
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四国八十八箇所を巡拝することを、四国巡礼(四国遍路、四国巡拝)と言います
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以前仕事した場所四国の「お遍路さん」をネットで記載します
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「お遍路さん」(ネットより引用)
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「お遍路さん」概要
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江戸時代、西国三十三所観音霊場、熊野詣、善光寺参りなど庶民の間に巡礼が流行しました
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四国八十八箇所もその一つです、又全国各地に同様の巡礼地が作られました
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四国八十八の霊場寺院を結ぶ道を遍路道と言います
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阿波国の霊場「発心の道場」、土佐国の霊場「修行の道場」、伊予国の霊場「菩提の道場」、讃岐国の霊場「涅槃の道場」です
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「お遍路さん」の行程&納経
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巡礼した場合の全長は1.400km程です
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徒歩の場合は40日程度、自動車では5日程度で1巡できます
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巡拝者は、本堂と大師堂で燈明・線香奉納をし般若心経・本尊真言・大師宝号などの読経を行います
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巡礼者は、納経帳に寺の名前や本尊の名前、本尊を表す梵字の種字などを墨書してもらいます
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八十八箇所すべてを廻りきると「結願」(けちがん)となり、高野山に詣でて「満願成就」となります
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「お遍路さん」の歴史
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古代から、四国は辺地と呼ばれていました
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平安時代、修験者の修行の道であり、空海もその一人でした
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空海の入定後、修行僧らが空海の足跡を辿って遍歴の旅を始めたのが、四国遍路の原型です
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「お遍路さん」成立
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江戸時代初期に「四国遍路」という言葉と概念が成立しました
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修行僧や信仰目的の巡礼者以外にも、犯罪者等の故郷を追われた者たちが施しを受けながら四国遍路を終生行いました
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信仰によって病気が治るの期待や、信仰による贖罪が、遍路の目的でした
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他の巡礼地と比べて、現世利益のためと言うよりも病回復、懺悔や死などのイメージが強いです
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四国霊場は、悩みを抱えた巡礼者が死装束に身を包み、病や疎外感を抱えて祈りながら歩く遍路道でした
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神仏分離・廃仏毀釈と札所の変遷
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明治時代の、廃仏毀釈運動により、四国八十八箇所霊場の一部が大きく変わりました
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大きく影響を受けたのは、高知県と愛媛県でした
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神仏分離から100年後に、現在の霊場の形に落ち着きました
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近代の「お遍路さん」の観光化
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どこで倒れてもお大師のもとへ行けるようにと死装束で巡礼します
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現代では、信仰的な発心よりも、「自分探し、癒し」の巡礼者が増えています
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巡礼者数は年間30万人(うち歩き遍路が5,000人)ともいわれる
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ニューヨークタイムズが、世界の観光地ベスト52で「四国と遍路」が35位にランクされました