数年前のフイリッピン旅行で知った名前『ホセ・リサール』
ホセ・リサールの銅像日本の日比谷公園に有るのも知りませんでした
震災の国難から立ち直れない日本、ホセ・リサールの様な英雄はいないのか
ホセ・リサール(引用)

ホセ・リサール日比谷公園像(引用)


ホセ・リサール公園


公園内ホセ・リサール館

ホセ・リサール公園内中国館

フィイリッピンの民族舞踊

スペインの植民地時代のサンチャゴの城壁(日本軍の爪痕も)
ホセ・リサール人物像
国民的英雄で、フィイリッピン独立の悲劇の英雄です
裕福な家庭に生まれ、欧州留学中、祖国の改革をめざしました
フィリピン独立革命の活動で、スペイン政府より銃殺されました
フィイリッピンの宗教
カトリックが土着の信仰文化と結びつき、独自のカトリック文化か根づいています
植民地時代、有産階級の子弟は、宗主国の首都マドリードに留学していました
留学者達は、自由主義思想にふれ、スペインの植民地支配に疑念を抱きました
ホセ・リサールの著書『ノリ・メ・タンヘレ(我に触れるな)』とは
日本、アメリカ等を訪れ、『ノリ・メ・タンヘレ(我に触れるな)』を発表しました
人種差別にもとづく植民地支配を、批判した内容です
植民地以前の歴史と文化を共有し「フィリピン人」が意識に目覚めることを訴えました
スペインからの分離独立で、武力革命は否定していました
ホセ・リサールの革命家への影響
国内では、リサールの名声を慕い、癒やしを求める人々が多数集いました
彼には「民族」の正統性を見いだし、フイリッピ人の意識を変革する力がありました
ホセ・リサールの処刑
リサールは、欧州から帰国後逮捕され、流刑にされました
民衆にとり、リサールは敬愛すべき貴人であり、フイリッピン人の巨星です
享年35(数え年・満33歳)、「独立革命の首謀者」の罪状で銃殺されました